高校生という生き物も、なかなかタイヘンだ。
まず、橋本治という作家の桃尻語というものがあることを知っていますか? もしかして、有名だったりする、同じ作者による「桃尻語訳 枕草子」って知っています?
清少納言「枕草子」の、最初の出だしは「春はあけぼの」ですよね?
この部分の現代語訳は、ほとんどの参考書が「春は、あけぼの(がいい)」と書いていませんか? でも、もとの文章には「あけぼの」までで、「いい」とは書いていませんよね? だから、括弧つきで「がいい」と表現するしかない。
そこで、橋本治は画期的な現代語訳を考えたのです。
「春って、あけぼのよね」。
これが、早く言えば、作者の桃尻語です。この作品は、女子高生の桃尻語が炸裂しまくります。
そもそも、この作品は、普通の書き方をしていなくて、会話とモノローグのみ、この2つのみで成立しているすごい作品です。全6巻のうち、第3巻まではこの形式で進みます。つまり、状況説明というものが一切なく、容赦なく文学的に進行します。
この作品では、女子、男子高校生の三年間を描いている。男子の心理描写も細かいが、それ以上に、女子の微妙な心理を抉り描いて秀逸です。女性の心理描写が細かいという点では、川端康成を想起させるものがある。
一方で、同級生にゲイバレしている男子の木川田君の、しゃれにならないものすごい知恵と忍耐と騒動の大変さは、他のエピソードを圧倒している。他のLGBT本人の本も読んだことがあるが、「桃尻娘」の木川田君の方が圧倒的に深刻で、結果、深いところに到達していると思う。
高校三年生と受験生は、(基本的には)本当は一心同体なのに、パラレルで重なってはいない、それぞれのお努めがあるというような記述があるが、まさにその通りの無駄がある。自分は、文部科学省は、日本の国力をわざと低下させようとして、生徒に無駄(非効率性)を背負わせているように感じるのです。
自分が高校三年生の時に、このような非効率性を高校(一応、進学校)の教務主任に進言した時、「学校を予備校にする気かっ!」と怒鳴られたことを今でも覚えています。怒ったところをみると、弱点を突いたかな? 実際のところ、この非効率性は、現代でも、全然変わっていないと思うよ。



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