関東での大地震が起きそうになるのに、途中で止めてしまうことの問題性
角川「幻魔大戦」全20巻に続く、ほんの少し先の状況を書いているが、あまり進展ははかばかしくない。東丈著「幻魔の標的」がベストセラーになり、井沢郁江が率いるGENKENの状態も変わっているようだ。
しかし、GENKEN会長の東丈の失踪状態が続いているままだし、姉の東三千子がやっていることは「幻魔大戦」第20巻とほとんど同じだし、(生身の)井沢郁江が登場しない(=つまり、表紙の美少女は井沢郁江だと思われるが、生身の彼女は一切、登場しない)。さらに、高鳥慶輔側のストーリーが全体の約6割も占めるので、どうなのでしょう。
この作品の最大の問題は、突然、関東地方で大地震が発生しそうになる点にある。タイトルにある、ハルマゲドンというのは、新約聖書ヨハネ黙示録の、世界の終末に起きる、善と悪の最後の決戦だと思うが、平井和正氏の小説では、これは単なる自然現象ではなく、幻魔が引き起こしている現象なのに、幻魔がどういういきさつで、どういう準備をして、なぜその時に、その場所で、それを起こすのか、という機序の説明が全然ないのはおかしい。それでひとたびその地震をおこしたのであれば、震災の最後まで書くべきだ。しかし、地震を起こす「赤竜」に三千子が話しかけて、大地震になる前に止めてしまう。
つまり、小説では「ひとたび、出されたピストルは、撃たないといけない」のだが、この場合は、ピストルを出しているのに、撃たずに、ホルスターに収納している。それならば、ピストル(つまり、地震)のシーン自体が不要である。
余談だが、新海誠監督のアニメ映画「すずめの戸締り」は、やはり大地震を防止しようとする物語だが、あれは、頼みの「閉じ師」の草太が椅子に姿を変えられてしまっているので、その代わりに、未熟な鈴芽が努力して扉を締め、大地震を防止しないといけないという、一種、なんらかの修行的な要素をもつアニメだった。そこには、人知れない努力が存在していた。
しかし、大地震を止めた三千子は、特段、何の努力もしていない。「この地震を止めたのはお姉さまですね」「いえ、あたくしにそんな力なんて・・・」なんて書いている場合ではないのだ。作者に、大地震のシーンを書くつもりがない(あるいはその実力がない)のなら、そんなものではなく、もっと他のことで三千子に超能力があることを説明するだけでよいのだ。三千子は、霊格が高いから何の苦労もなく地震を止められるという(ほとんど万能な女神様扱いをする)こと、その説明をしたいだけのために、作者が描写できない大地震(が起きそうになることだけ)を書くこと、こういうのを作者のご都合主義というのでしょうな。
それから、作者が「高鳥慶輔では悪の救世主としての器が小さかったのかも」とあとがきで書かれているが、この作品を読んだ限りでは、破壊王=サタンであり、高鳥とは別物だ。
角川「幻魔大戦」全20巻を読むと、誰もが、高鳥を幻魔だと思う(と想像する)が、サタンに怯える高鳥は、実は幻魔ではない? という疑問を持つと思います。どうなのでしょうね。高鳥慶輔の過去世はアギラーという魔物であり、「ハルマゲドンの少女」では、アギラーは、サタン配下の魔物です。高鳥は、やはり、幻魔なのかな。器が小さいと、よくわかりませんね。
読みたい方は、読んでみるといいと思いますが、まあ、やはりその先を知りたくなります。
しかし、平井和正氏が、言霊という名馬から、振り落とされてしまったので、「第二次幻魔大戦 ハルマゲドン」はここで終了であり、その次に来るのは、「ハルマゲドンの少女」ですが、いずれにしても、GENKENというか、ニューGENKENというか、その組織のその後はわからずじまいです。


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