文部科学省が管轄している学校教育こそが、日本の国力を低下させている
子供の頃、夏休みに、まあ、宿題が出るわけですが、だいたい、早いうちに片付けて、あとは遊ぼうとは思うものの、なかなかそうは行かなくて、夏休みも終盤になって慌てる、そういう子供も、今でも多いのかな?
「絵日記の宿題」というものがあり、そもそも、毎日、日記をつけている自分(大人になってからだけど)にはすごく疑問があって、日記というものは、絶対に他人には見せないものですな。自分も一度も、他人どころか家族にも見せていないし、そもそも、日記を書いていることすら、黙っています。
だから、「絵日記の宿題」というのは、普段、日記を書いていない教師なり、教育委員会職員なりが考えたであろう、おかしな宿題であって、日記を普段から書いている人間としては、教師に見せる日記と、自分用の日記の2つに内容を書き分けないといけない。表日記、裏日記、両方を書くわけですね。

それで、絵日記は、毎日、書くべき出来事があるかというとそうでもない、つまり、ネタに困るのだが、どうせ教師にはわかりはしない。自分はあるCOMICでその技を知ったのだが、つまり、昨年の夏休みの宿題の自分の絵日記を、学校提出前にCOPYしておいて、今年の絵日記に丸写しするのです。これ、誰にも気づかれないし、効率的な処理方法ですな。
それから、そもそも、外国(どの国もかどうかはわかりませんよ?)では、夏休みの宿題がないと聞きます。日本には夏休みの宿題があるというと、「休みなのに、なぜ宿題があるのか?」と逆に聞き返される。
それに、絵日記の宿題もあると言うと、「え? 日記って、そもそも他人には見せないものじゃないの?」とこれも逆に聞かれる。
すごく、日本の子供たち(や親もかな)を悩ませている夏休みの宿題は、もしかしたら、日本独自のものだったりして。
それでですね、日本には、夏休み(冬休みもだけど)の宿題があるから、日本人の学力が海外と比べて高い、そういう話は特段聞かないのですよね。
それに、以前からそうだったけど、学習塾に通っている子供がすごく多いはずで、そこで夏期講習を受けた方がいいのでは。つまり、夏休みの宿題というのは、今となっては、学習塾の勉強を妨害しようとする文部科学省の策略だと思うのですよね。
それに、なぜ、ほとんどの子供が学習塾(予備校を含む)に行くのか、それは、受験対策などもあるのでしょうが、ある意味、学校の授業よりわかりやすい、教え方が上手い、実用的だ、そういうことではないのか?

つまり、文部科学省が管轄している学校教育こそが、日本の学力というか、国力を、わざと低下させる、非常に大きなマイナス要因になっているのでは、と自分は思うのです。
学校教育で、英語を習いますよね? 自分が学生の時は中学校から習いましたが、現在では小学校から習うようで、2011年に5・6年生で必修化され、2020年から3年生以上で必修となったようです。でもですよ? そのためにというか、小学校・中学校・高校までとしておきますが、この8、9年間で、英語が話せる、理解できる、そうなった子供が、どのくらいいるのでしょうか? 自分は、その早期教育の効果があったという話を聞いたことがありません。それで、高校卒業の頃には、その成果が出ているかというと、まあ、自慢できるレベルではない。だいたいそうですよね?文部科学省は、今までのというか現在の教育方法では、生徒側にかかる労力の割には、決して英語は身に付かないとわかっていて、わざとこの教育を施行している。
それから、大学教育って、最初の2年間位は、一般教養課程ですか、何か、高校生みたいな授業が続きますな。まあ、学生の方はラクができるのだろうが、受験戦争を経て、それでいいのか? 日本の大学は入学するのが難しいけれど、卒業するのは比較的簡単だと聞きます。一方、海外(米国とか英国とか)の大学は、入る時はまあまあだけど、卒業するのが難しいと聞きます。では、どちらの方が大学教育が身についているかといえば、当然、海外の大学ですね。この制度も、日本の国力を下げる、ものすごく大きな要因になっている。文部科学省は、この弊害をわかっていて、わざとやっている。

そもそも、だいたいは、自民党政権から文部科学大臣が選出されているのであって、あまり頭のいい人間が登場すると、自民党政権がひっくり返されるかもしれない。だから、本質的に、頭のいい人間は、文部科学省が管轄している学校教育からは、出てこないようにしている。自分にはそう感じるのですよね。
大学教育も、学習塾で教えてくれた方が、大学の講義(相変わらず、昔ながらの教え方なのかな)よりはるかに効率的に身に付くと思います。ああ、そうか、日本の大学進学率は高いものの、大学入学というか卒業証書が目的であって、大学教育の内容には最初から期待していないのか。それはある意味、正解かもしれない。教授、先生というものは、昔から、旧態依然と決まっている。
この世界で、最重要なこと、これは学校(大学を含む)では教えてはくれません。なぜか、教授、先生自身が、知らないからですな。「自分は知識人である」と自慢している人は、案外、ものを知らなかったりするものです。でも、知っている人(あるいは存在)はいるわけです。
じゃあ、どこで知識を手に入れるのか、と言えば、これは本人の工夫と努力次第ですかな。夏休みの話に戻るのだが、普段から日記を書いて、思考するクセを持っていると、知識はおのずとついてくるかもしれません。あとは、知識のある人(あるいは存在)を自分で探す。これは自分の経験で、皆さんに当てはまるかはわかりませんが。


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