このアニメ映画は、一見、人道的に見えて、実は非人道的な内容
1970年代から1980年代の松本零士氏原作のアニメは、大体BD化されていると思うのですが、この物語は、なぜかBD化されない。若い頃はお気に入りの作品でしたが、現在の自分の視点で見ると、この作品は問題があると思います。ある意味、BDを発売できないのは当然かな・・・。
松本零士氏の原作COMIC「新竹取物語 1000年女王」の記事でも少し書いたのですが、この物語は、太陽系の知られていない遊星ラーメタルが1000年周期の長楕円軌道で周回しており、地球にこの惑星が接近するという話です。ラーメタル星がなぜ、地球に接近するのか。それはラーメタル星が暗黒太陽ラーに次元重力で捉えられており(暗黒太陽ラーは、接近してくる遠くの星雲の中にある。なお、原作COMICでは、暗黒太陽ラーは、太陽系面の下をラーメタル星と同じ軌道で通過する)、ラーメタル星はそれに引きずられて、太陽系内諸惑星付近を通過し、大災害を起こす。ラーメタル星の直径は地球の9倍の大きさ(土星と同じくらいの大きさ)で、これは1000年周期で発生し、まあ、今まで何度も起きていることなのだが・・・。
それから、松本零士氏の原作COMIC版は、災害時にも使える世界各地の脱出用の空洞船が多数登場するので、故郷のラーメタル星を裏切ってまで、地球人類を救おうとする1000年女王の偉大さがわかるのだが、アニメ映画版は、関東地方の空洞船1個だけしか存在しない。実は、世界各地の空洞船は描かれていないだけで実際は存在しているのか、と考えても、関東地方空洞船から、楊貴妃だのクレオパトラだのの船が出てくるので、世界各地の空洞船が実は存在するのだという説は成立しない。関東地方だけが、1000年女王により救出されるという、トンデモな設定です。
まあ、この関東空洞船の、大地から徐々に切り離され、火山などが大噴火し、地割れができて、それで、どんどんこの巨大な空洞船が、浮上していく、このシーンは、このアニメは、確か1982年公開だったと思いますが、当時の技術でよく製作できたものだとは思います。火山の爆発シーンなどは、翌年の1983年公開のアニメ映画「幻魔大戦」の作画を、ある意味で、超えているかもしれません。東映動画の技術力の高さがよくわかります。しかしながら・・・。
このアニメ映画のキーワードは「安易、もしくは手抜き」。
そのため、作品のテーマがよくわからなくなる。テーマは、原作COMICのように「災害からの人類救済」? いや、全然違う。このアニメ映画は、とてもじゃないが、そうとは言えない。
1000年女王は、雨森始のために地球を救いたいと考えているが、全地球的な地殻変動に対して、始が住んでいる東京下町エリアを中心とした関東一円さえ助ければいい、と安易に考えているフシがある。日本の関東地方以外の全世界なんか、どうなろうと知ったこっちゃねぇ、という製作者の安易な意志を感じるのです。BDを発売できないのは、そういう内容だからか・・・。
つまり、このアニメ映画は、一見、人道的に見えて、実は非人道的な内容だから。実際、避難民をどのような方法で、どのくらい広範囲に集め、どのくらいの人数を、空洞船に収容しているのか、さっぱり不明なのでよくわからないのですが、それが全人類の1%には到底満たないだろうことは予想できます。つまり人類の99%超を見捨てたことに対しての、何らかの贖罪なりの言葉が必要だと思うのですが、まったく、これがありません。ただ、原作COMICには、この贖罪の言葉があります。
それから、なぜ、関東空洞船を、「1000年女王の『ノアの箱舟』」と、変な回りくどい言い方をしているのか。製作者は、「1000年女王の箱舟」では足りなくて、どうしても、「ノアの箱舟」と言いたいのです。さらに、ラーメタル星人は何度も、関東空洞船を「ノア」と呼んでいます。確認したら、松本零士氏の原作COMICが、すべての空洞船を「ノア」と呼んでいます。だからなのですね・・・。
そもそも、旧約聖書の「ノアの箱舟」には、人類は、善良な者しか乗ることはできない。それ以外の大多数の悪人は乗れずに、大洪水で死亡する。つまり、関東空洞船に乗ることのできた人たちは善良であり、一方、空洞船に乗れずに激しい地殻変動の起きている地球に取り残されて苦しんでいる人たち(全人類の99%超)は全員が悪人だというのだろう、だから、取り残された全員が死んでもいいとでも言うのでしょうか?
空洞船を「ノア」あるいは「ノアの箱舟」とわざわざ呼称すると、まさに、そういう意味にしかならない。あまりにも、非人道的すぎると思うのですよね。
あと、暗黒太陽ラーの次元重力は、ラーメタル星だけに作用する、という設定になっている。よくわかりませんが、ラーメタル星の表面重力は1Gで、地球と同じです。それで、(このアニメ映画では説明がないが、「直径が」)地球の9倍あると言うことは、重力源としては、ラーメタル星はスカスカであり、それが地球に接近しても、たいした影響はないのでは、とも思うのだが・・・。
そもそも、松本アニメで、暗黒彗星とか暗黒太陽というものは、重力が特定のものにだけ作用する性質があるが、それは何らかの悪事を働いていたから・・・的なものだけに作用する感触がある。松本零士氏の1981年公開のアニメ映画「さよなら銀河鉄道999」で登場する暗黒彗星サイレンの魔女の重力は、人間の魂(生命の火)をエネルギー源にしている機械エネルギーを持つものだけが引き寄せられる。でも、この「1000年女王」は、接近してくるラーメタル星の重力で地球が滅茶苦茶になり、暗黒太陽の重力で引きずられた結果、ラーメタル星は永遠の氷漬けになる。そこで考えるのだが、地球人自体が行ってきた悪事はたくさんあると思うのだが、ラーメタル星人自体が行ってきた悪事とは一体何なのか?
それは、ラーメタル星人が、地球人を知恵あるものに導いたこと=人類に知恵を与えたこと=人類に知恵の実を食べさせたこと。つまり、ラーメタル星人は蛇であり、SATANである、ということだ。ということは、ラーメタル星(=SATAN)を次元重力で支配している、暗黒太陽ラーは、LUCIFERだ。しかし、アニメ映画製作者はどうもこのことをよく理解していないようで、暗黒太陽ラー(一度も姿を見せない)が存在しているのは、接近してくる遠くの星雲の中であり、原作COMICのように、暗黒太陽ラーが太陽系面の下を同じ軌道で通過するわけではないので、この重要ポイントが非常にわかりにくいのです。つまり、この設定変更も「安易」なのです。
最後は、この暗黒太陽ラーが属する、接近してくる別の銀河系のような大星雲と、銀河系が交差するが、雨森教授の「星と星との間隔は思ったよりも広く・・・」の台詞の通り、ほとんど何も災害は起こらない。その点は、1983年公開のアニメ映画「宇宙戦艦ヤマト 完結編」のような、あまり意味があるとはいえない、銀河同士の交差のような大災害にならないのは、ひとつの見識ですね。
それで、1000年女王は最後は死ぬのか? エンドロールを見ると蘇生する感じはあり、後続作品では、1000年女王も、指導者ラーレラも、生きていたみたいですね。



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