宇宙戦艦ヤマト 完結編 [Blu-ray]

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水惑星アクエリアスが、なぜそれほど大切なのか、全く理解できない

この作品では、宇宙戦艦ヤマトが最後に自爆するが、水惑星アクエリアスは無傷で残る。そこがよくわからない。

この作品で、地球に接近しているものは2つある、ひとつは謎の艦隊、ひとつは一定時間ごとにワープしている水惑星アクエリアス(この水惑星の接近によって、地球全体が水没することが予測されている)。そこで、地球防衛軍は、人類をスペースコロニーに移住開始させると同時に、謎の艦隊の迎撃にあたるが、自分だったら、アクエリアスに何隻かの戦艦を送って、波動砲でアクエリアスを破壊しておく。まあ、水惑星に波動砲を撃ちこんでも、ただ突き抜けるだけ? かもしれませんが、何しろ、その行動に効果があるのかどうかの説明は必須だと思うのですよ。つまり、「完結編」の脚本は、質が低いので、見ているとこっちの頭まで悪くなりそうです。

製作者は、アクエリアスは、地球人類の生命の源である「水」をもたらした、ある意味、神聖な星だ、と設定しているのはわかるのだが、それが脅威に変貌したのならば、破壊するのが当然ではないですか? 製作者は、ディンギルは滅ぼしても構わないし、ヤマトも自爆させても構わないし、(惑星破壊ミサイルをなくすためだけに)銀河系も滅茶苦茶になっても構わないけれども、アクエリアス(居住者は滅んで、今はいない)だけは死守したいという、そういう意図を持っているが、自分には理解できない。ことの軽重を間違えているとしか思えない。

アクエリアスが、なぜそれほど大切なのか? この星のせいで、ディンギルが水没し、居住場所がなくなったディンギル人が、地球を占領したいために、地球が水没しそうになり、そのため、ヤマトが自爆するのだから、アクエリアスさえ、さっさと消滅させれば話が早いのだ。

しかし製作者は、ただただ、アクエリアスを破壊させないために、惑星破壊ミサイルなどの惑星破壊技術を持つガルマンガミラス帝国や、ボラー連邦(これらの星間国家は、TVアニメ「宇宙戦艦ヤマトⅢ」で登場)の存在が邪魔なので、あえて、映画冒頭で、次元断層から別の銀河系を出現させ、本来の銀河系と衝突させて、これらの2大帝国を破壊殲滅するという、とんでもない内容である。この暴挙で、どのくらいの人命が失われるのだろうか。

「ヤマトよ永遠に」「完結編」は、今までの「宇宙戦艦ヤマト」シリーズとは少し何かが違っていて、銀河というか恒星系というか、そういうものを、すごく安易に消滅させる。「ヤマトよ永遠に」では二重銀河を極めて短時間に崩壊させ(まあ、新たな銀河は誕生するのだが)、「完結編」では銀河系と他の銀河系が衝突して、銀河系中心方面などで大被害がでる。ものすごく、その点に違和感を感じる。

多くの生命が生存しているはずの恒星系を、ただの物語の都合で、どんどん消滅させている。生命を軽視した行為であり、つまり、こういう生命よりも、地球人の生命の方が、「上の存在」である、という思い込み、傲慢さがある。その思い込みには、何の根拠もない。

自分はある意味、地球人のレヴェルはたいして高くないと思っている。よく、TVで不動産会社の「人気の居住地エリア調査結果」というものが発表されており、まあ、横浜とか、吉祥寺とか、人気エリアが上位にくるのですね。

それでは、仮に、宇宙の中で、「人気の居住星の調査結果」というものが発表されるとしたら、地球は、どのくらいの位置にくると思いますか? もし全宇宙に人類のような知的生命体が居住している惑星が100個あったと仮定したら、知的生命体が住みたい星として、自分は、地球は下から10番目くらいではないか、と思うのですよ。

これは地球という惑星が悪いわけではなく(少しは責任はあるのかな?)、ただ、青くてきれいには見えるのであるが、レヴェルの低い地球人が居住する、地獄に近い星、自分にはそう見えるのですよね。だから余計に、地球人の生命を優先するために、他の星の生命を平気で抹殺できる、そういう映画表現ができる、その人間性の浅さにものすごく疑問を覚えると同時に、地球人のレヴェルの低さを考えれば妙に納得したりもするのです。

この作品は、1983年春休みの劇場公開の映画だが、同時期公開のアニメ映画「幻魔大戦」では、まさに多くの恒星系を消滅させるのは幻魔なのだが、「宇宙戦艦ヤマト完結編」で多くの星々を消滅させるのは、製作者なのだ。全然、納得がいかないと同時に、地球人が製作したアニメとして見れば、すごく納得感がある。

あるいはだよ、TVアニメ「宇宙戦艦ヤマトⅢ」を見れば誰でもわかるが、ガルマンガミラス帝国=米国、ボラー連邦=ソ連=ロシアであって、「完結編」では、それらをほとんど破滅させ、地球=日本を生き延びらせる、そういう内容にもなっているわけで、それはそれで問題ですなあ。

映画終盤で、デスラー艦隊がヤマトの援護に出現するが、当然、小規模艦隊であり、まあ、製作者が、どうしてもアクエリアスを死守したいため、惑星破壊ミサイルは決して持参してこない、一体、何をしに出てきたのだ、と思わず怒鳴りたくなるアホな展開である。

また、ディンギルの必殺兵器である「ハイパー放射ミサイル」(なぜ、敵も味方も、同じ名称で呼ぶのかという疑問もある)もアホなミサイルで、ただまっすぐ飛んでくるミサイルなのだから、どんどん迎撃すればよいのに、なぜか全然迎撃できない。

翌年の1984年劇場公開のアニメ映画「超時空要塞マクロス 愛おぼえていますか」では、ミサイルがアクロバットのように飛来してくるので迎撃は難しいと思うが、ハイパー放射ミサイルは、まっすぐ飛んでくるだけですよ? このミサイルが迎撃できないで、どんどん戦艦、巡洋艦などが撃沈されるという、このアホな展開には、唖然とするばかりです。

あと、ディンギルの都市衛星ウルクの、必殺兵器である「ニュートリノビーム」って何? これによって敵機が1機爆発しただけで、あとは、ヤマトが必死に逃げるが、後ろから迫ってきて、って、横に逃げればいいじゃん? それに、大騒ぎを演じた割には、漏れた波動エネルギーで理由もなく遮断されてしまうので、全く、脅威度が不明であり、「大山鳴動、ねずみ0匹」であり、本当に脚本がものすごく下手で、逆にお見事ですな。

あと、都市衛星ウルクに不時着したヤマトの、艦載機発進口が開かず、コスモタイガーが全然発進できないというくだりがあるが、コスモゼロだけは、艦上の発進装置で発進できる。しかし、コスモゼロもコスモタイガーも同じ格納庫を使っているのだから、艦上のコスモゼロ発進装置で、コスモタイガーも一機ずつ発進できるのではないか?

それから、自分は「完結編」を劇場で見たのだが、とにかく、ここぞという場面で、ビデオを使って加工しているので、絵柄がものすごく粗くなる。撮影監督は、一体、どんな仕事をしているのか? 「幻魔大戦」の安定した撮影技術を見習ってほしい。

劇場アニメ「機動戦士ガンダム」の3作目「めぐりあい宇宙編」が、前年の1982年に公開されているが、この作品は、ここぞいう場面は新作カットで絵柄がきれいになっているが、「宇宙戦艦ヤマト完結編」はその真逆で、ここぞいう場面で絵が汚くなっているのが残念だし、笑える。

とにかく、「宇宙戦艦ヤマト完結編」をBDで買うには、それなりの覚悟は必要ですな。これよりもっと古い「さらば宇宙戦艦ヤマト」のBDの方が圧倒的にきれいだと思います。

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