まあ、縁起でもないタイトルなのですが、いつかはほとんど誰もが関係する話でもあり、話題におつきあいください。
ここのところ、2件続けて、葬儀などがあり、火葬場に行く機会が、2回ほどありました。それ以前にも、親戚の葬儀などで、火葬場には何度も行っています。
火葬場では、お骨の焼き上がりがあると、職員は台車に乗せてお骨をもってくるのですが、すぐには来ないのですよね。何か下準備してから、台車で遺骨をもってくる。
そして、遺族は2人ずつ、箸ではさんでお骨を骨壺に入れる。残りの小さい骨もすくって、これは職員が骨壺に入れる。骨壺に入りきらない場合もあって、その場合は、遺族がせっかく丁寧に骨壺に入れたお骨の一部を、職員が金属製の道具でガリガリと大きな音を立てて(火葬場は静かなこともあるのですが、その音の大きさと、作業の乱暴さに、ものすごく驚きました)崩して、とにかく台車にある分のお骨は全部、骨壺に入れる。その骨壺が遺族に手渡されるのです。
たとえ話ですが、子供の頃、焼き魚をきれいに食べると、親にほめられたものです(猫が食べるところもない)が、その時は、皿の上に、きれいに魚の骨が残りますよね?

でも、火葬場で、台車で職員が持ってくる、人間の遺体の焼き上がりは、そうではないのですよね。明らかに、骨壺に入りきる量まで、骨の量が減らされている。頭蓋骨、ドクロというのかな、それらしきものも見当たりません。
ネット情報によると、人体の骨は大きい順に、大腿骨(だいたいこつ。太ももの骨)、肋骨(ろっこつ)、脊椎(せきつい)、骨盤(こつばん)・・・らしいです。まず、肋骨も、脊椎も、骨盤も、そのお骨は見たことがありません。

人体の最大の骨である大腿骨は、基本的に約40cm前後あるそうなのですが、大腿骨らしきお骨はあるような気がするのですが、何か途中から消えて、骨壺に入るくらいだけの長さだったような気がします。つまり、骨壺に入りきらないような大きなお骨は、最初から見当たらないのです。
人体のこのような大きな骨というものは、そう簡単に焼けて灰になるとも思えないのですよね。必ず、骨壺に入りきらない大きさのお骨があるはずだと思うのですが、焼き上がりのお骨に、そういう大きさのものがあるのを見たことが、かつて一度としてない。
明らかに、骨壺に入らない大きさの骨はどこかに隠されており、骨壺に入りきる量まで、骨の量が減らされている。隠され、減らされた分の骨はどこに行ったのでしょうか?
それに、自分は、宮崎駿監督の「ハウルの動く城」を見て思ったのですが、あの城を動かしているのは、火の悪魔カルシファーであって、暖炉から動けないように、ハウルとの契約で縛られていますが、ソフィーが暖炉にたまった大量の灰をかき集めて捨てる、そういう掃除のシーンがありました。
火葬場の遺体を焼く炉も、それを使っていけば、その底には、遺体を焼いた後の灰が、必ず大量に溜まりますよね? その灰はどこに行くのでしょうか?
火葬場には供養塔がある、という話を、何かの霊能者の本で読んだことはあるのですが、その火葬場で焼いた遺体の全員分の、骨壺に入れなかった残りの骨や灰を、全部、過去から未来に渡って、火葬場の敷地にどんどん埋め続けるのは、どう考えても不可能ですよね?
これは、内密に火葬場が不燃ごみとして廃棄していますよね? つまり、墓に収まっている骨壺の中の骨以外の残りの骨や灰は、全部、火葬場を所管する厚生労働省としては、本来は不燃ごみという取扱いをしている。あるいは、骨壺の中の骨も、表向き「ご遺骨」と言っているだけで、本来は不燃ごみに過ぎない。だって、置いてある場所が墓かそれ以外かの違いだけで、結局、モノは同じなのだから。そういう理解でいいのかな?(だから、台車に乗った遺骨が骨壺に入りきらない場合の、火葬場職員の対応が、乱暴なわけですよね)

とすると、「人間の遺骨は、単なる不燃ごみである」と理解している(と思われる)厚生労働省に、医療行政を任せておいて、大丈夫なのでしょうか?
2026年4月16日追記
つまり、厚生労働省は、不燃ごみ扱いにして、遺骨の一部、つまり、本来、捨ててはいけないものを廃棄している。これは死者に対する冒とく行為に他ならない。自分に関与しているPLUTO曰く、「罪は魂に刻まれる。お前たちが寿命で死んで、自らが火葬された後、遺骨の一部を捨てられる、その虚しさを、よく味わうがよい。」だそうです。


コメント