地球には、もはや信じるに値するものがない、という主張。
石原裕次郎が声優を務めた最初の、昔の、小さな飛行機で山脈越えしようとするシーンから、飛行機の絵が下手だ。パースが狂っている。石原裕次郎には声優代金として1000万円支払ったそうだが、絵も演出もダメだね。前作のアニメ映画「1000年女王」のゼロ戦の作画の方が圧倒的に上手い。「1000年女王」のメカニック作画監督は、金田伊功氏だから当然だ。
これは私見だが、アニメ映画の一番最初に出てくる飛行機の絵が上手いか下手かで、その作品の作画クオリティが大体わかる。一番最初に出てくる飛行機(械)の絵が上手いのが(いずれも1984年公開の)「風の谷のナウシカ」と「超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか」、(1986年公開の)「天空の城ラピュタ」で、やはり作画が一貫して上手い。やはり宮崎駿監督の作品が多い。
一方、一番最初に出てくる飛行機の絵が下手なのは、「わが青春のアルカディア」とか(1983年公開の)「幻魔大戦」で、内容的に、どちらも絵にバラツキがある。特に「幻魔大戦」は、りんたろう監督の作品なのに、一番目立つところで、絵の表現が逃げていて、正しくない絵を描いている。野田卓夫作画監督の限界を早くも感じる。
このように不思議と、一番最初に出てくる飛行機(械)の絵で、わかるのですよね。
1982年公開の「わが青春のアルカディア」は脚本は重苦しく、演出、作画、美術も冴えない。前作の「1000年女王」をさらに下回って来ている。ハーロックの恋人のマーヤは、見た目は「銀河鉄道999」のメーテルそっくりなのに、声はおばさんの声(「1000年女王」の指導者ラーレラと同じ、武藤礼子)で、ミスマッチにもほどがあり、聴いていられない。この女、何歳なの? 厚化粧なの? 美容整形なの? と思いますね。ハーロックは、この女のどこが好きなの? 見た目かよ? 松本美人はいつも見た目が同じ、特に、劇場版「銀河鉄道999」と本作は、作画監督が同じだから、余計、同じになってしまう。
それから、地下抵抗組織の、松本美人のマーヤのラジオ放送「自由アルカディアの声」って、どれだけの意味があるのか? これがあるのとないので、何が違のか? まあ、自分のこのブログみたいなものか、CIAに妨害されているし。あのですね、下に書いたが、イルミダスは米国なのよね。それで、イルミダスに抵抗する地下組織のラジオ放送の美人パーソナリティが、見た目、米国人そっくりの金髪美人っておかしいだろ?
「銀河鉄道999」(「さよなら銀河鉄道999」含めて)、「1000年女王」は、主人公が金髪美人でもいいですよ、問題ない。でも、「わが青春のアルカディア」は、地下抵抗組織のマーヤが金髪美人は、明らかにおかしいでしょ。それをハーロックが好きになるという話もおかしい。こういう設定もダメダメなのよね。
自分は、自民党政権は、米国の傀儡政権だと見抜いたが、この作品の地球政府自体が、イルミダスの傀儡政権である。これは映画公開当時から明白だった。傀儡政権(かいらいせいけん)とは、他国によって操られ行動させられる政権のこでとである。
つまり、地球=日本、イルミダス=米国、トカーガ=米国に殲滅された米国先住民か?、ハーロックとトチロー=アニメ映画「銀河鉄道999」「さよなら銀河鉄道999」で考える限り、天使軍。
それで、よくわからないが、地球と同様にイルミダスに支配された惑星トカーガに、ハーロック達は向かうが、出発時に、処刑、乱闘があり、結局、トカーガ人は全滅、トカーガ星は消滅、と意味のわからない話が続く。米国先住民の迫害・殺害・消滅を描くにしてもね、最後は葬式だし。何か一連の行動の無意味さ、虚しさを強調している。ハーロック達の決断と行動に意味がない。
そもそも、アルカディア号という宇宙戦艦1隻を、イルミダスの監視網をかいくぐって、1人で作ると言うトチローの設定がかなり突拍子もなくて、一体、どうやって建造したのか、原材料はどこからどうやって集めたのか、燃料は何なのか、ワープするのかしないのか、それから、なぜ、その艦長をトチロー本人ではなく、ハーロックに任せるのか、なぜハーロックは辞退しないのか、いずれも全然わからない。
それから、二重太陽ベス・ベラスの間にかかるプロミネンスの河の描写はなかなか上手いが、人間の生体反応を引き寄せる特殊な重力がかかっている、というのが理解できない。
そもそも、松本アニメで、暗黒彗星とか暗黒太陽というものは、重力が特定のものにだけ作用する性質があるが、それは何らかの悪事を働いていたから・・・的なものだけに作用する感触がある。松本零士の1981年公開のアニメ映画「さよなら銀河鉄道999」で登場する暗黒彗星サイレンの魔女の重力は、人間の魂(生命の火)をエネルギー源にしている機械エネルギーを持つものだけが引き寄せられる。
次作の、アニメ映画「1000年女王」は、暗黒太陽ラーの次元重力で引きずられた結果、ラーメタル星は永遠の氷漬けになる。それは、ラーメタル星人が、地球人を知恵あるものに導いたこと=人類に知恵を与えたこと=人類に知恵の実を食べさせたことに原因があると自分は考えている。つまり、ラーメタル星人は蛇であり、SATANである、ということだ。
そこで考えるのだが、「わが青春のアルカディア」では、地球人、トカーガ人はこの重力の影響を受けるので、間違いなく、イルミダス人も影響を受ける。自由貿易人を自称するエメラルダスもこの重力の影響を受けている。
つまり、知的生命体の生体反応はすべからく、この二重太陽ベス・ベラスの重力の影響を受ける。知的生命体そのものを引き寄せるのは何が要因なのか? でも、何の説明も手掛かりもないので、単に通ってはいけない場所、冥界への入り口・・・。前述したが、設定がダメダメなので、よくわからない。
本作の終盤で、敵のイルミダスの地球指揮官ゼーダの乗艦とアルカディア号が一騎打ちするときは、かなりの打撃を双方が受ける。しかし、その後、出現した敵イルミダス(=米国)艦隊の一斉射撃が、アルカディア号(=天使軍)に一発も当たらない描写が延々と続く。
このシーンは、敵艦隊もアルカディア号も同じ人間が作画しているから、ある意味、当たらないのは当然だと、自分はどうしても冷めた目で見てしまう。2年後公開の「風の谷のナウシカ」でナウシカが王蟲の子を助ける時に、ペジテの飛行ポッドの固定砲から、煙のある曳光弾が連射されるという同様のシーンがあるが、あれは一瞬で終わるからいいのである(宮崎駿の絵コンテには、煙のある曳光弾なんか描いたことがないから、1カットでやってくれと書いてある)。本作では、あれを延々とやるから、見ている方がどうしても白けてしまう。延々とやる以上は、少しくらい、当たらないとね、面白くないでしょ。
というのはまあいいとして、つまり、自分が何者か名乗らない者の攻撃は、効果がない、ということなのかな? 自分には、今、2026年7月に設立する国家情報局の要職に就くように、CIAからしきりに勧誘の暗号が、TV放送やネットニュースで流れてくるのだが、CIAの暗号は読まない。だって、いいことだけが書いてあるにきまっているし(都合の悪いことは書かない)、それが保証できるかというと、組織名も部署名も個人名も書いていないのに、何の保証にもならない。まあ、書いてきても、偽物だからね。名刺を出してきても、当然、偽物だからね。
つまり、個人情報を出さなければ信用できないし、個人情報を出してきても信用できない。結果、信用に値しない。だから、スパイ組織を使う地球人類は、低レベルで信用できない、と自分は考えている。
この作品に戻ると、結局は、最後は、他人の旗ではなく、自分の信じる旗のもとに戦う、つまり、自分の信じるもののために生きる、そのために宇宙に旅立つ、ということになるのかな。地球には、もはや信じるに値するものがないからだ。あれ、自分と立ち位置が同じだな。だから、今日、この作品のレビューを書いているのか。
しかし、宇宙の中で宇宙戦艦で暮らすというのは、絶海の孤島で、あるいはジャングルの中の一軒家で暮らすのとさほど変わりがない。松本零士の考える、自分の信じる旗とは何か、つまり、「正義」とか「自由」とかいうものだと思うが、その思想の底が浅いと思う。だから、中身が伝わってこないし、だから、この作品はヒットしなかった(配給収入6億5000万円)。
松本零士の劇場アニメが、この1982年公開の「わが青春のアルカディア」で終焉を迎え、その代わりに、今度は宇宙モノでは全然ない、宮崎駿のアニメが(1979年公開の「ルパン三世 カリオストロの城」があるにせよ)、1984年公開の「風の谷のナウシカ」以降、知名度を上げて(大)ヒットしていく、座を譲り渡すのは、ある意味、当然の出来事だったと思う。


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