魔女の宅急便 [Blu-ray] 宮崎駿

ESP

主人公キキは、魔女(=ESP)であるために、国に監視されている。

AMAZONの紹介文から一部、引用します。
「魔女の子は、13歳になると一人前の魔女になるために1年間の修行に出なければなりません。黒猫ジジを連れて父母のもとを旅立ち、海辺の町コリコを修行の場に選んだキキは、親切なパン屋のおかみ・おソノさんのすすめで、唯一使える魔法である、ホウキで空を飛ぶ能力を活かして“お届け屋さん”の仕事を始めます。」(引用はここまで。)

主人公のキキは魔女ではあるが、空を飛ぶことしかできない、という設定になっており、そこが目新しい。普通の魔法少女アニメなら、魔法で、もうなんでもあり状態になるものを、さすが宮崎駿、運搬する能力しかない、という制限付き。でも、黒猫ジジと会話もできるという、魔法も使えるのですが?

子供の頃にできたことができなくなる(例:ジジとの会話)が、代わりに新たなことができるようになる(例:デッキブラシで飛べること)など、人生の真髄を描いた名作だと思います。

ただ、本当は、あの老婦人が、自分で焼いたケーキを、キキにプレゼントしたところで物語が終わるはずだったのが、物語を付け足したので、その後の、飛行船が強風で飛ばされて・・・になり、自分は劇場で観たのだが、なぜ、飛行船のシーンで終わるのだろう、という素朴な疑問をもった。

今は2026年だが、5月8日に日本テレビで「魔女の宅急便」の放送がある。

キキの母親が「13歳で独り立ちなんて、今の世に会いません」と言いますが、その通りだと思います。舞台が海外なのでよくわかりませんが、13歳で1年間、自宅を離れて修行するって、日本では義務教育期間中なのだが、1年間休学届でも出したのかね。その手続きの話が全然ない。まあ、物語の期間が、夏休み中なので、学校の描写もでていない(だから、到着した大きな街で、トンボたちが学校に行き、キキは学校に行かず、労働している、という不自然な場面を省略している)、というのも都合が悪いものは省くといういつもの手口だ。これ、その1年間の期間に金銭を受け取って労働するというのは、労働基準法か児童福祉法の違反になるのではないのだろうか? でも、まあファンタジーということで許されるのでしょうか?

それから、宮崎アニメの主人公は、いつもだいたいは、何らかの特殊仕様になっている。前作「となりのトトロ」の主人公の姉妹、さつきとメイも、一般人を装っているが、ESP(エスパー)である。だから、トトロも、ネコバスも、ススワタリも、カンタを始め、さつきの同級生には全然見えないのに、この姉妹には見える。表向き、一般人として宮崎駿が描いているから、また風景描写も男鹿和夫の田舎の背景画が非常に上手いので、視聴者はコロリと騙されて、宮崎アニメには珍しい、親しみやすい一般人の物語だと思ってしまうが、本質はESPの物語だ。

で、その特殊仕様のために、本人たちが悩むのか、といえばほとんど悩まない。「魔女の宅急便」の主人公キキにしたって、状況は悩ましいところはあるのだが、本人が本人そのものの特殊性、つまり魔女であることそのものについて、疑問を感じたり、悩んだり、という描写は特段ないかな。そういう意味では、宮崎アニメというのは哲学的ではないし、自分のように、自分自身がESPなどであることについて悩んでいる人間には、ほとんど参考にならない物語なのだ。

宮崎アニメは、だから簡単に言えば、底が浅い、というか、あえて一番難しい問題からは目をそらしているのが見え見えというか。それは、宮崎駿監督の問題そのものだから、本人が目をそらしているのだ。つまり、そういうレヴェルのアニメしか作れないのだ。なのに客が入り、DVD、BDが売れ、米国アカデミー賞も受賞する。評価が高すぎる気がするのだが。「もののけ姫」以降、謎は多くなってくるが、そこまで高評価するほどのアニメかねぇ。

それから、「魔女の宅急便」に話が戻るが、キキは黒猫のジジと話ができる、実際、話をしている絵柄になっているのだが、宮崎駿監督の話では、あれは子供時代特有の「ひとりごと」だと言っている。でも、宮崎監督のそのアニメで、どう観たって、キキとジジが直接話をしているのは、なぜなのか? あまりにも安易な表現ではないのか? だからこそ、思春期に入る頃になると、キキに悩みが生じて、ジジの言葉がわからなくなる、という描写が、説明不足で、見ている方もわからなくなる。つまり、今までは「子供時代特有のひとりごとだったのだが、もう大人の階段を登り始めたから」と言いたいのだろうが、じゃあ、あの、物語前半の、キキとジジが直接話していた、あの表現はうそではないのか?

本当は、キキとジジが直接話をしているのは、キキの独り言として、絵柄を描かなければいけないのに、そうしなかった。なぜかといえば、それをそのまま描くと、キキが異常人格者、あるいは精神異常者に見えるので、お姫様好きの宮崎駿には耐えられないので、きれいごとを描いてしまった、つまり、うそを描いてしまったのだ。自分が、宮崎アニメは、簡単に言えば底が浅い、というのは、つまりはそういうことだ。

(以下は自分の深読みだが、宮崎駿がそこまで意識して製作しているのかどうかは、わからない)

それから、グーチョキパン店という、キキにとって都合のいい、というか、都合のよすぎる、あのパン屋もおかしい。あんなに、本来、見ず知らずの他人に対して親切にしてくれる人なんておかしいのだから、自分には100%、工作員にしか見えない。つまり、キキの世話をするふりをして、国が魔女(=ESP)を監視するわけ。当然でしょ? おソノは、キキが死なない程度には世話をするが、監視が目的なので、それ以上の世話はしない。おソノの旦那は無口というより、一切しゃべらないのだが、おソノに毒物でも飲まされたからそうなったのではないのか?

だから、トンボもグーチョキパン店とグルだと思うのだよな。おソノは、病み上がりのキキに、トンボへのお届け物を依頼するが、紙袋の中の手紙が入っていたが、トンボ本人しか読むことができず、何が書いてあったかはは不明だ。これ、工作員同士の通信で、暗号で書かれていると思うのですよね。だから、トンボは、いつも、わざと、キキを落ち込ませることをする。作為的に。でも、キキはそのことに無自覚だから、宮崎駿に、思春期名義での悩みであることにされてしまう。

物語終盤の、とってつけたような、強風に飛ばされる飛行船というのは、国に監視され、一種の妨害を受けている、キキそのものだ。視聴者も、キキさえも、そのことを理解していない。

だから、飛行船に釣り上げられるのは、トンボの不注意と、因果応報。本当はあそこで、トンボは死ななければならない。だが、迷惑をかけられていることに無自覚なキキが助けてしまったので、トンボは別の所で死ぬのだろう。

ということは、キキの母(空を飛べ、薬を作れる)も、国に監視されているのだろう。監視役は、多分、キキの父だ。

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