ファーストガンダム3作品は、歴史に残る素晴らしさがある
自分は、もともと中学生時代に、学校から帰宅後、TV番組で「機動戦士ガンダム」(俗にいう、ファーストガンダム)を見ていました。自分は男性だが、同級生の女子生徒にもファンがいたようです。このアニメは後半で、ニュータイプ(認識力が向上するなどの一種のESPかな)という概念が登場するところが、最も新しいと一般には認識されていると思うのですが、自分としては一番、目新しかったのはそこではありません。
このTVアニメは、ロボットもののアニメなのですが、それまでのロボットアニメというのは、主役の男(少年かな)が操縦するロボットだけが圧倒的に強くて、他の登場兵器はおまけ程度の意味合いしかなかった。特に、戦闘機、あと、差別ではないのですが女性隊員、これらが一種、戦闘力が弱い存在として描かれていた、ほとんどの(日本の)ロボットアニメがそうだったと思います。
だが、この「機動戦士ガンダム」は、そこが一番違うのです。途中まで通信士をしていたセイラさん(この人は、通信も抜群に上手い)が、途中から、Gファイターだか(これはいくつかの変形バージョンがあり、その都度、名称が変わるので)のごつい戦闘機のパイロットに抜擢されるのですが、このGファイターが、主役のガンダム(=アムロ)の次くらいに強い。他にも、カイやハヤトなどのモビルスーツもいるのですが、活躍場面はそれよりも、セイラの方がありますな。
それから、それらの帰投場所である戦艦のホワイトベースの操艦担当者も女性で、ミライさん。この人の操艦は最初は未熟でしたが、どんどん腕が向上し、まあ、早い話が、敵の強いビーム砲などは事前の回避運動でかわしてしまう。
このアニメは不思議なところがあり、まあ、アムロが年上の人を「さん」付けで呼ぶからというのもあるのですが、その中でも、自分はなぜか、セイラとミライは、さん付けで呼びたくなる。TVを見ていた当時の自分より少し年上の女性で、一種、素人なのに、ものすごく戦果を出しているから、それを自分は無意識に尊敬しているのかもしれません。
アムロはニュータイプ、セイラは、おそらく準ニュータイプ、ミライは、準準ニュータイプ、なのかもしれません。そして、これは女性がこれから活躍する時代のさきがけとなる作品、という解釈もできるのです。ただ、複雑な設定はあり、セイラさんもミライさんも、お嬢様(セイラさんは、時代が時代ならお姫様)ですので、ちょっと一般人とは言い難いところはあります。
そして、何か最初の放映では視聴率が伸び悩んだらしいのですが、再放送などで人気が急上昇しまして、3本のアニメ映画に映画化されました。それが今回、ご紹介するものです。
ファーストガンダム、TVアニメの43話分を、3分割して、3つの長編アニメ映画を新作カットを入れて作ったもので、その発想が素晴らしい。1本の映画に無理にまとめないのは英断です。
TVアニメよりも、特に、アニメ映画2作目で、ニュータイプについて考察されています。今でも、台詞をよく記憶しています。
セイラ(TV版の戦闘機Gファイターから、アニメ映画版では戦闘機コア・ブースターに変更。そのパイロットに指名されて)「できませんよ!」「認識力の拡大と、パイロット能力の向上は、関係するのですか?」「本当に私にできると、思うんですか?」
マチルダ「軍の組織は、あってなきが如しです。なんでもできる人が重宝がられています」
セイラ「かつてジオンダイクンが提唱したニュータイプというのは、便利屋ではないんですけどね」
その後のガンダム系の作品は、少しだけ見ておりますが、このファーストガンダムのアニメ映画3作品は、歴史に残る素晴らしさがあります。
いわゆる、宇宙空間での決戦兵器、「宇宙戦艦ヤマト」なら波動砲となりましょうが、このガンダムは違う、地球連邦軍も敵のジオン軍も太陽光を使うのだが、使い方が違います。どっちも、今から見ればローテクであるが、あまりカネがかからない方法かも、と言われてみれば、なるほどと思います。
その世界では、ミノフスキー粒子という架空の粒子が拡散されたことで、レーダーが効かず、そのため、接近戦のためにガンダムのようなモビルスーツが開発されたのであるが、ミノフスキー粒子のためにリモコンも使えなくなっている。そのため、リモコン操縦に代わって、ある種の念波というか、この作品では、サイコミュと呼んでいるが、そういう技術を使用した兵器が、終盤になって登場します。それを使えるのはニュータイプです。
ですが、サイコミュで稼働する兵器でオールレンジ攻撃をするために敵を包囲すると、自らのサイコミュ力場に敵を包み込んでしまうため、その副作用として、その気がなくても、自分と敵との間で、相互に意思疎通ができてしまう。もし、敵と深い部分で意思疎通ができてしまった場合、果たして、自分と敵は戦い続けることは可能なのか?
そういう本質的な、いわば哲学的な疑問をなげかけてくる。
そして、兵器を含めて、新技術には、必ず副作用というか弱点がある。完全無欠な新技術などありえない。決戦兵器のソーラーシステムも、地球連邦軍のものは付近で爆発があるとミラーが傾いてしまうし、ジオン軍のソーラレイシステムも、ミラーがテスト用のものしか使えず、発射は1回しかできないし、太陽光パネルに戦艦ムサイの影が落ちると出力が下がるので叱られる。
人物もよく描けているし、設定も脚本も素晴らしいが、やはりこの哲学が素晴らしい。名作だ。
以下のBDは、この劇場アニメ3作品が全部入っています。


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