アニメ映画「火の鳥 鳳凰編」

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アニメ映画「銀河鉄道999」の一作目に匹敵する名品

りんたろう監督のアニメ映画であり、逸品であり、素晴らしいです。しかし、現在は、もはやDVDも販売されていません。

アニメ映画「銀河鉄道999」の一作目、「カムイの剣」「火の鳥 鳳凰編」と、りんたろう監督は復讐ものを作ると抜群に上手いと思います。「火の鳥 鳳凰編」は、ストーリーは尺の関係で短くされていますが、エッセンスを上手に抽出しており、違和感を感じさせません。

自分は、原作漫画を読んだことはないのですが、若かりし頃、そのノベライズ版を読んだ後で、本作品のレンタルのVHSビデオを見て、あるシーンで泣きました。アニメを見て泣いたのは人生で初めてであり、今でも、そのシーンに差し掛かると目頭が熱くなります。(当時のノベライズ版が誰が書いたものか記憶がありませんが、現在はポプラ社から、大林憲司氏のノベライズ版「小説 火の鳥【鳳凰編】」が発売されており、このノベライズも素晴らしい。)

角川映画で製作するようになったりんたろう監督の作品としては、作画も美術も、「幻魔大戦」「カムイの剣」以上に丁寧で、美しく、気品があります。演出も冴え冴えとしています。劇場版「銀河鉄道999」の一作目に匹敵する名品だと思います。

物語の概略を書きますと、主人公は2人おり、悪人と善人です。悪人は我王(がおう)。左腕がなく、差別されてきた苦しみと怒りから殺人を繰り返し、盗賊として生きています。ただ、彼が人生で多分、ただ一度だけ「良いこと」をしている、そのために、ある女性が彼のもとに来るが、またもや彼は殺害してしまうのだが、その女性はあるものの化身だった。そのことで、彼は、人間を含めた、多分、生き物すべてに宿る「命」の重さに気づいて、以降、人殺しが全くできなくなり、仏像を彫りながら彼は生き延びる。そして火の鳥は、そのような彼の味方をしている。

一方、善人は茜丸(あかねまる)で仏像を彫る彫り物師です。彼は、何も悪いことをしていないのに、盗賊だった我王に腕を切られ、彫り物師として痛手を負うが、天才彫り物師として有名になる。

その後、平城京の東大寺大仏殿の建立に際し、帝に献上する彫り物の製作を、茜丸と我王で対決することになる。茜丸は、その対決前に、我王が自分の腕を切った盗賊だと理解していたのだが、何も言わない。

そして、彫り物対決で、茜丸は、多くの貴族と僧侶の前で我王に敗北する。しかし、茜丸は、我王が十数年前は盗賊であり、自分は彫り物師として命にも代えがたい右腕を切られたと、その傷跡を皆に見せる。

茜丸「この男に献上物を作る資格はありません。・・・この男に、私と同じ苦しみを味あわせてください。この男の右腕を切り落とし、都から追放していただきとうございます」

その後、我王に対して、その通りの刑罰が実行される。

しかし、この後、茜丸は火の鳥に殺されるのだ。なぜ、この善人の茜丸が殺されるのか、わかりますか? これはこの劇場アニメでは説明が省略されており、文学的になっているのですが、ポプラ社のノベライズ版に書かれているので、原作COMICにも書かれているのだろうと解釈し、書きますと、茜丸よりも腕の立つ彫り物師の我王は、片腕なのだから、残りの腕を切り落としてしまえば。従って、彫り物師日本一の座は茜丸であり、その名は永久に不滅なのだ・・・。この私利私欲のために、茜丸は火の鳥に殺されるのです。

おそらく、悪人が人生ただ一度の善行で救われ、善人が人生ただ一度の悪行で破滅する。これをあるいは、諸行無常(?)と言うのかもしれません。もっと的確な言葉が見つかればよいのですが。

我王が残りの腕を切り落とされ、夕暮れのススキの原が拡がっている山道を登っていく、その背景美術が椋尾篁のもので、ものすごく美しく、そのために哀しい。

アニメ映画「火の鳥 鳳凰編」は、残酷で、美しく、哀しい・・・そういう逸品です。BDかDVDでの再発売を是非とも!

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