キリストだと、わかるわけがない。
あのさ、自分について、独自に情報探査していくと、
ちょっと、世界の終りのようなことの他に、
KIMI HA
JESUS CHRIST(=Jesus Christ:イエスキリスト)
っていう情報が何度も出てくるのだが、おかしくないか?
世界の終りのようなことは、まあ、どうでもいいや。
イエスキリストって、聖書のを言っている?
自分は仏教徒で聖書のことは、あまりよく知らないが、聖書のキリストと自分が全然違うことくらいはわかる。
そもそも、数千年の時間の中で、COPY機もなく、写本してきただけの聖書について、写し間違いだけでなく、キリスト教会の意向による故意の改ざんもあるのではないかと自分は考えている。
だから、もし自分が本当のキリストだとしても、聖書の記述と合わない。だから、キリストだとわからない。これがまずひとつ。
それから、現代は聖書の時代と異なり、高度情報化社会、少子・高齢化社会などであり、したがって、同じキリストだとしても、人物像が異なるのは当然。だから、キリストだとわからない。これでふたつ。
そして、聖書に書いてあることしかキリストのことはわからない、実像が全然わからないのだから、さらに始末が悪い。だから、自分がキリストだとしても、わからない。これでみっつ。
つまり、あなたがたは、本当のイエスキリストを全然知らないのですよ。それでもって、自分をイエスキリストだと言うのは、馬鹿げている。そうではありませんか?
それとも、イエスキリストというのは、ものの例えで、本来的には、救世主のことを言っている? しかし、救世主でも同じですよ。だって、救世主なんて、見たことないでしょう? その人物が、救世主かどうかなんて、全然わからないじゃないですか。
それに、救世主って、人類の個人個人によって、それに対する要求が違うのではないのですか? だから、救世主は、人類の最大公約数的な、あるいは、最小公倍数的な、そういう行いしかできないのでは、なんて思ったりもします。でも、救世主がいたとしても、だから、新世界への扉が、まるで自動ドアのように、苦も無く開くはずがない。それには、かなりの苦しみが伴うはずです。だから、救世主なんてあてにしないで、自分の力で未来を切り開く方が、まともな考え方だと思いますね。
それとも、救世主という表現も、ものの例えなのかな? あなた方は、自分に何を期待しているのだろう? 世界を救う? 全然、興味が無いなぁ。
注.この場合「あなた方」とは、海外の諜報組織AとBのことを言う。


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