「日本中に感動を与えた〇〇オリンピック」は、真っ赤な、うそ

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マスコミは、感心 → 感動 とわざと言い換えている

「日本中に感動を与えた、〇〇オリンピック」「日本中が感動した、〇〇大会」と、毎度のようにスポーツ大会、スポーツ選手を、マスコミが絶賛している。

でもこれ、サーカスと同じですよね? サルの曲芸と同じですよね? この選手たち、一般の人のようには、勉強してもいないし、仕事もろくにできない。

見ていて、本当に「感動」しますか? これ、映画や、小説ではない、サルの曲芸にすぎない。
見ていて、「ああ、うまいな」、「見事だな」と感心はするけど、自分は、感動は一切しない。

マスコミは、感心 → 感動 とわざと言い換えている。これには、大手広告代理店が絡んでいる。

もし、オリンピック、スポーツ大会などを見て、「日本中が感動した」とマスコミが報道するのなら、私は日本人だが、全然、感動していないのだから、「日本中が感動した」というのは、真っ赤な「うそ」ですよね? まあ、毎度のことだが、よく、すぐわかるうそを堂々と報道できますね。

まあ、以下は、学生のスポーツ選手については、直接、国力に関係しないので、具体的な話を省略しますが、ほとんどの社会人選手には問題がある。

別記事で書いたが、たとえば、企業から援助を受けているスポーツ選手は、実業団だか、契約社員だかに所属しており、そのスポーツ選手が、表向き、その企業の社員であったとしても、(ほぼスポーツ漬けの人生なのだから)実務上は、ほとんど使い物にはならない、失礼な表現ですけど、実質的にはそうですよね? あくまでも、その企業が経営できているというか、存在できているのは、日の光が当たらない、一般社員のおかげですよね? もし、社員全員の実務レベルが、メダルを授与される能力があったとしてもスポーツ選手と同等だったら、その企業は倒産しますよね? だって、彼らは、基本的に一般社員のような仕事ができるほどの能力はないのだから(無能だとは言いません、スポーツに関して有能なのでしょう?)。

言い方を変えれば、日本国民全員の実務レベルが、メダルを授与される能力があったとしてもスポーツ選手と同等だったら、日本は破滅します。

つまり、マスコミ(+大手広告代理店)には、オリンピックや、スポーツ大会、スポーツ選手を、わざと持ち上げて、視聴率を稼ぎたい、ただそれだけではなく、(見ていて頭をほとんど使わないのだから)スポーツ大会を見ている人間をバカにしたい、さらに、そういう人口(スポーツ大会を見ている視聴者+スポーツ選手=つまり、サル)を増やして、結果、日本を破滅させたい、そういう意向が間違いなく存在する。それは、海外に存在する組織からの指示だ。

つまり、マスコミ各社の会長・社長・重役・社員、大手広告代理店の会長・社長・重役・社員も、もっと大きな存在にとっては、サルにすぎない、そういう自覚がない。自分は人間であって、間違ってもサルではない、と無意識的に誤解しているだけで、実際は、彼らも猿回しに使役されるサルにすぎない。

人間の姿をしたサルは、自分のことを人間だと思い込んでおり、間違ってもサルだとは認識しない、だってサルなんだから。

追記

自分は、逆に、あまりマスコミが報道しない、「パラリンピック」には感動する。その選手たちには、メダルが授与されようと、授与されまいと、その人生に拍手を送ります。彼らこそ、間違いなく、立派な人間です。

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