口パクの氾濫と物まね芸人の貴重さ

ESP

グループ歌手が随分と増えましたね。自分の感覚では1980年代のアイドル全盛期の後、一気にグループ歌手が増えた感じがします。どれが、とは書きませんが。

現在は、歌唱を現実よりも上手く聴かせる加工技術が発達しています。ある歌手などは、最初に販売されたCDよりも、リマスタリングと称して再発売されたものの方が、別テイクか、というほどに歌唱が改善されているものがあります。それから、歌が下手で(たまたま調子が悪かったのかな?)有名だったコンサートのCDが、やはりリマスタリングと称して再発売されると、ものすごく歌が上手くなっているものがあります。早い話が加工されているわけで、まあ、(いい意味での)改ざんですね。そういう技術はしっかりと存在するわけです。

では実物以上に、歌を上手く聴かせるように加工したCDなり音源を発売した後で、本人がTVなどに出演して新曲を売り出そうとすれば、1人で売り出せばおのずと嘘がバレるわけであり、それはグループ歌手であれば、バレない。口パクで歌ってCDを流しても、グループ歌手だと、口が歌とが合っていなくてもバレない。そうですよね? まあ、グループ歌手でも、ソロの場面があるかと思いますが、マイクで口を隠して歌う人がほとんどですので、やはりバレない。

1人で歌っている歌手で、しかもNHKのTV放送なのに、口と歌が合っていない、それで平然としている、そういう強者の女性歌手も見たことがあります。まあ、1人の歌手でも、グループ歌手でも、口パクなしで歌っている立派な歌手もいると思います。

まあ、口パクでも、本人が歌っているのだから、別にいいではないか、という擁護論もあります。多少、機材で上手に加工されても、もともとは本人が歌っているのだから、かまわないではないか、そういう意見もあると思います。でも、そこに浮かび上がるのは、生歌の貴重さ。いっそ、物まね番組の方が、生歌を披露しているかなと思いますね。物まねこそ、加工するわけにはいかないですよね。本職がズルをしているのに、物まね(芸人)の方が王道を歩いている。そういう観点で、物まねを見ると、なかなか趣がありますね。

芸道というのは、歌手もそうでしょうが、物まねも芸道であり、忘れられていた昔の歌手が、物まね芸人の面白い物まねで逆に有名になり、物まねのおかげで売れるようになった事例もあります。こうなると、歌手と、物まね芸人、芸道としてどちらが上なのか、あながち歌手の方が上ですと、胸を張っていい切るのは、難しくないですかね。まあ、もと歌の歌手がいないと、物まねもできないわけで、これは、文芸書と文芸評論家との関係に似ていて、切っても切れない、そういう関係なのかもしれません。物まねというのは、笑いを含んだ一種の批評作業ですよね。でも、芸能界で物まね芸人の位置づけは、かなり低いのではないでしょうか。氾濫している口パク歌手はさておき、生歌で堂々と勝負している物まね芸人をもっと評価すべきではないか、自分はそう思います。

まあ、大衆芸能というのは娯楽であって、それが歌手の口パクだろうと、物まね芸人の生歌であろうと、見て聴いている本人が楽しければいい。本来は、ただ、それだけなのでしょうね。

あと、TVの歌番組の紹介で、しょっちゅう「超豪華アーティスト」と言って歌手を紹介するのですが、普通の歌手だったりします。自分の認識が浅いのかもしれませんが、現代の日本には、なかなか「超豪華アーティスト」と呼べる歌手なんて、そうはいませんよね?

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