自分の中では、地球人として、優れているか、無能か、どちらかしかない。

ESP

自分の基準が世界基準なので、日本を優先的に考えるということが、できない。

高嶋ちさ子というタレントがいるが、まあ、毒舌家であり、演奏家という触れ込みで、この取り合わせにこそ意味があると思うが。経歴に、桐朋学園大学音楽学部卒業とあるが、この女が演奏した、ジブリアニメの音楽集のCDを聴いたことがあるが、学生並みの演奏でしかない。ただの無能であり、こんなCDはゴミだ。

つまり、桐朋学園大学(だけでなく、他の、日本の音楽大学も)は、並みの演奏ができるだけで卒業できることがわかる。クラシック音楽の日本人の演奏家のCDなんて誰も買わない。だって、演奏が下手だもの。海外の演奏家に比べれば格段に下手だ。それは音楽之友社「レコード芸術」のCD評を読んでもわかる。日本人の演奏で「特撰」「推薦」がつくことはほとんどなく、ましてや、レコードアカデミー賞を受賞するなんて、ほとんど聞いたこともない。

再度書くが、日本人のクラシック音楽の演奏家は、下手ですよね? あ、日本人はジャズの演奏家も下手かもしれない。まぁ、上手い日本人も中にはいるだろうが数えるほどしかおらず、ほとんどが下手だ、間違いないね。

だから、自分が所持しているクラシックやジャズのCD(何百枚かある)の99.9999%は、海外の演奏家によるものなわけ。

だから、よくまぁ、オリンピックやサッカーなんかのスポーツで、マスコミとか、パブリックビューイングとかで、日本人選手を応援して「頑張れニッポン」とやるでしょ、あれについていけない。もはや自分の基準が世界基準なので、日本を優先的に考えるということが、若い時からできない。別に、どの国が勝ってもいいんだよ。だから「愛国心」とか言われると、ぎょっとする。「愛国心」なんてかけらもないもの。

ドラマなんかでも、日本の昼間のワイドショーなどでは、そのTV局の新しいTVドラマを強力に推してくる。何か奥さん方というか女性たちには、日本のドラマもそうだが、韓国ドラマが依然として流行しているのではと思うのだが、自分が好きなのは、米国ドラマで15年間も続いた「スーパーナチュラル」だ。

「スーパーナチュラル」の俳優はイケメンと美女が多いが、それだけでなく演技がものすごくしっかりしているのと、脚本、撮影、音楽、美術、呪文とかまじないとか化け物退治の方法とか、かなり工夫している。こういう作品は、日本人には作れないよな。

つまり、自分は、その人間が日本人か外国人か、どこの国の人か、ということに、あまり興味がないというか、自分の中では、地球人として、優れているか、無能か、どちらかしかない。国家や言語や宗教やなんていろいろだけど、もし、全地球統一政府ができればわかると思うのだが、国の違い、国境線、言語や宗教の違いなんて意味がない。このゴマ粒みたいな小さな日本を47都道府県に細分化するのと同じで、地球にある土地を、195個(ただ、国や地域を含めると、約249~250個らしい。)の国家に分ける必要性がまったく理解できない。全部、統一すればいい。

別記事にも書いたが、自分は、歌はメロディーよりも歌詞重視であり、英語とかはよく分からないから、日本人の歌を聴いているだけで、別に日本びいきというわけではない。自分が、サザン・オールスターズのCDを一枚も持っていないのは、桑田佳祐が日本語をテキトーにごまかして歌っているのが嫌いなのだ。サザンは作曲はまぁ上手い方だと思うのだが、この歌詞をテキトーに歌う歌い方が、歌詞を粗末にして、まるでラリッて歌っているように聴こえて、聴くに堪えない。

まあ、洋楽の歌のCDのブックレットに、歌詞カードはついているが、これは翻訳がテキトーで読む気がしない。昔から、洋楽の歌詞カードの翻訳はいい加減と相場が決まっている。

クラシック音楽には、英語かフランス語かラテン語かその他か、よくわからないが、独唱、合唱が入るCDもあるが、これは歌詞はどうせ宗教的な画一的=つまり無内容なものがほとんどであり、知ろうが知るまいが、実際、大した違いはないことと、自分の経験ではクラシック音楽のCDは一般的に、国内盤よりも輸入盤の方が音が良いので、歌詞カードも使えないので、メロディーで聴いているだけだ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました