あくまでも、そこまでの価値はない
ネットニュースから、一部引用します。
「(大手、回転ずしチェーン企業)は、今年1月5日の豊洲市場の初セリで青森県大間産243キロの本マグロを5億1030万円で落札。このマグロが今回、『セリで競り落とされた最も高価なマグロ』としてギネス世界記録としてギネスに認定・・・」
景気のいい話ですね?
最近、よく耳にする、マグロの高額落札、スポーツ選手などの高額な何億円とかいう優勝賞金。これは人目を惹くため、話題にしてもらうための、回転ずしチェーン企業、あるいは、スポーツ協賛企業の売り上げUPにつなげるための作戦行動です。つまり広告宣伝費の水膨れであり、自分の考えるところ、それらに、実質的にそこまでの価値は全然ないと思います。
最近は、スポーツ競技に選手が優勝すると、賞金が「・・・・円」と書かれた大きなパネルを優勝者に持たせる、そこに出資者の企業の名前がでかでかと書かれている。気前のいい企業だと思わせるのです。宣伝効果、抜群ですな。
まあ、以下は、賞金を出す企業と同じとは限らないお話なのですが。たとえば、企業から援助を受けているスポーツ選手は、実業団だか、契約社員だかに所属しており、そのスポーツ選手が、表向き、その企業の社員であったとしても、(ほぼスポーツ漬けの人生なのだから)実務上は、ほとんど使い物にはならない、失礼な表現ですけど、実質的にはそうですよね? あくまでも、その企業が経営できているというか、存在できているのは、日の光が当たらない、一般社員のおかげですよね? もし、社員全員の実務レベルが、その、何億円だかの優勝賞金を手にする能力があったとしてもスポーツ選手と同等だったら、その企業は倒産しますよね? だって、彼らは、基本的に一般社員のような仕事ができるほどの能力はないのだから(無能だとは言いません、スポーツに関して有能なのでしょう?)。
言い方を変えれば、日本国民全員の実務レベルが、その、何億円だかの優勝賞金を手にする能力があったとしてもスポーツ選手と同等だったら、日本は破滅します。
よく、MLB(米国とカナダに本拠地を置く、プロ野球リーグ)では高額な契約金(年俸100億円の選手もいる)が話題になるが、ネット情報によると球団の主な収入源は放映権料だそうです。
では、そのスポーツ観戦者が、競技場でもTV中継でも、0人だったら、どうです? 本来、何億円(MLBの契約金だと年俸100億円ですか)という価値があるのなら、その優勝賞金(あるいは契約金)が出せるはずですが、実際は出せないでしょう? つまり、そこまでの価値というものは、本来的には存在しない。当然ですよね?
それならば、優勝賞金(あるいは契約金)の原資を(一部)使って、その企業で、まともに働いている一般社員の給与を上げてやればいい。

これ、まともに毎日働いている一般社員がいるからこそ、出せるカネですよね。その人たちの努力のたまものですよね? 使うところが間違っている、そうは思いませんか?
そのスポーツ選手の優勝賞金(あるいは契約金)は、一種、その企業の重役よりも、報酬が高いのではありませんか?
実際以上にその人間を高く評価し、明らかに高額すぎる報酬を渡すこと、これは、そのスポーツ選手の、本当の成長、つまり人間的な成長を望むのであれば、少しやることがずれている、そう思いませんか? 子供に、小遣いをたくさんあげればいい、というものではありませんよね?
スポーツに係る設備にカネをかける、遠征費にカネをかけるならまだいいのだが、優勝賞金(あるいは契約金)として高額を支払うというのは、逆に、その選手の人間性を落とすことにつながりかねない。そういう扱いを受けていると、スポーツ選手自身は、きちんと働いている、その原資になっている一般社員よりも、「ずっと、ずっと自分はエライのだ」、そう思い込むようになりますよね。人間として堕落へ進ませる、最大の落とし穴が形成されるわけですよ。
つまり、そこには、一般社員が影で泣いている、それに対する感謝も、報恩の気持ちも、存在しない。きちんと毎日働いて、その企業を支えている一般社員としては、バカバカしくて、やっていられない、そういう気持ちになりますよね?
そのままで、よいのですか? 一般社員の士気が下がって、かえって業績が悪化するのではないのでしょうか?
適材適所とはいうものの、ものには限度というものがありますよね?
これは自分の勘ぐりですが、スポーツ選手、あるいは、スポーツ中継をマスコミで高く持ち上げて報道する(TVニュースで、スポーツニュースの時だけ、勇ましい音楽が流れますね)のは、これで視聴率を稼ぎたい(マスコミの収入をUPさせたい)という思惑以外に、まあ、見ていてたいして頭を使わないわけですから、国などに対して文句を言ってこないように視聴者に馬鹿になれという隠れたメッセージがあることに加え、(スポーツ選手は実務上は、ほぼ使い物にならないのに)高額な優勝賞金(あるは契約金)を見せることによって、企業を支えている一般社員の士気を削いで、トータル的に、日本の国力を下げようとする意図があるのかもしれません。つまり、それを意図する勢力は国内・海外の両方に存在する。
高額で取引されたマグロは解体されて、寿司などに調理され、人々の腹を満たします。では、実力以上に、高い優勝賞金(契約金)をもらったスポーツ選手は、最後、どうなるのでしょうかね?


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