自然も人間も大切だと言う、映画製作の意味がない、わけのわからない主張
宮崎アニメの中でも、自分は、「もののけ姫」って、あまり好きな作品ではない。大風呂敷を拡げておいて、結論がないも同然だからだ。ここから宮崎アニメの興行収入が一気に伸びて、作品も巨大化するのだが、この作品のどこが面白いのだろうか。
人間と動物たち、つまり自然との関わり合いというのは、昔からのテーマであって、特別に新しい要素があるわけでもなし、「もののけ姫」というタイトルの割りには、その意味するところのサンがほとんど無力で、何もしない。態度が不明瞭なアシタカが、エボシ御前と仲良くやったり、対立したり、サンの味方をしたり、まあアシタカは、劇中で何度も「いい男だわ」と言われるが、ただの日和見主義者で、偽善者でしかない。アシタカが、本当の主人公なのに、これが日和見主義者の偽善者で、見ていられるかっていうのですよ。つまり、「アシタカ=宮崎駿」なわけです。宮崎駿にも、自然が大切か、人間、産業の発展が大切か、その答えを持ちあわせていない。
「もののけ姫」って、結論として、自然も大切だが、人間や、産業の発展も大切という、一種、欲張りで、一種、意味不明で、その態度は偽善者そのものである。つまり、最後まで見てきて、この結論って何? という感じがする。脚本は見事だと思うのだが、ただ思わせぶりなだけで、肝心の結論から逃げている。「もののけ姫」というタイトルにしたのだから、当然、自然の味方をするのかと思いきや、全然違う。それならばタイトルを「アシタカの日和見」に変更すべきだ。
アシタカはもともと特殊能力はさしてないと思うのだが、とどめを刺したタタリガミのたたりで、腕にあざができ、それが骨まで達すると死ぬという。でも、そのあざのせいで、肉体的には超人的に強くなるが、ESPというほどではない。そして、サンもESPというほどではない。動物の方がカンが鋭いかな。アシタカは、そのあざの意味を、いつも考えているフシがある。宮崎アニメでそれは一歩前進している。
タタリガミとは何なのか? 知恵のある動物・大きないのししに人間の放った銃弾が埋まり、その怒りで・・・と思うのだが、あの全身から伸びるのはヒルだ。これが人間だけに悪影響があるのならわかるが、自然界にも悪影響がある。すべてを腐敗させるという感じ。人間への恨みで、タタリガミになったのに、なぜ、自然界にまで影響するのか。人間だけに復讐すればいいではないか?
それは、終盤で、シシガミの首を打ち取った後の描写も同じで、人間が行った悪事なのだから、その罰は人間だけに降りかかればいいはずなのに、自然界にまで影響する。人間だけに復讐すればいいではないか?
それは、宮崎駿が、人間も自然界の一部だと認識しているからか? いや違うな。人間と自然界は、きっちりと区別されている。そのうえで、人間が行った悪事なのに、その悪影響が、人間にも自然界にも降りかかる。つまり、「日本の神」を粗末にすると、すべてにたたりが降りかかる、そういう意味だろう。「日本の神」のたたりは人間、自然界の区別に関係なく、すべてに降りかかる。それに逆らうことは許されない。
だから、アシタカがタタリガミに矢を撃った時に、その呪いは決定的になり、後で、シシガミの首を戻そうが、あざは消えない。終盤で馬鹿みたいな大騒ぎを演じた割には、結局、「タタリガミ=首を失ったシシガミ」であり、この作品の最初と最後で、やっていることはほとんど変わらない。まあ、つまりは「日本の神」のたたりの拡大再生産ということ。だから、後半になるほど、騒ぎが大きくなっていくのだが、自分としてはどんどん興ざめになっていく。
でもですよ、自然界は何も悪いことをしていなくて、人間が行った悪事に対して、「日本の神」が人間にも自然界にも無分別に罰を与えている描写は、いかがなものか? 「日本の神」はそこまで盲目的なのか? その「日本の神」は、もともと自然界に存在していたものですからね。やはり、人間だけに悪影響が作用する、でなければ説明がつかない。
この描写、「日本の神」が与える罰の、外国人にとって都合のいい拡大解釈である。そのほうが大騒ぎになって、絵柄が面白いから。いや、それだけではなく、描写されていない海外の視点に立てば一目瞭然であり、これはつまり、「日本の神」に対する冒涜に他ならない。
キリスト教のような唯一絶対神と違って、「日本の神」は馬鹿なのだ、愚かだ、日本人よ、ザマアミロという描写になっている。「日本の神」はそこまで馬鹿じゃない。大変、失礼な描写だ。
自分は、途中から、神を、わざわざ、「日本の神」と書いてきたのには、理由がある。
つまり、「もののけ姫」の描写は、「あんなに手当たり次第に虐殺して、「日本の神」は馬鹿だよなぁ、それを信仰する日本人も愚かだ、死んで当然だ」と、馬鹿にしている表現だ。「それに引き換え、キリスト教のような唯一絶対神は、ずっと優秀なんだぜ? 比べものにならねえぜ? 愚かな日本人と違って、俺たちは優秀なのだ」と言いたいのだ。
これはつまり、宮崎アニメが急速に評価を高めるきっかけとなった「となりのトトロ」あたりから自分は気配を感じるのだが、宮崎駿のアニメ映画を作るチームには、自分を監視・妨害している海外のある組織(CIAです。)と同じ組織が関与しており、結局、日本を貶(おとし)める方向に力が作用している、そのために、宮崎駿が利用されているに過ぎない。この作品の興行成績(興行収入は214億6000万円で、当時、日本歴代興行収入第1位を記録した)も、案外、操作されているのではないのか? 自分はそのように読む。
ということは、「風の谷のナウシカ」で、人間よりも、自然が大切だと主張していた宮崎駿が、なぜ、「もののけ姫」で、自然も人間も大切だと言う、映画製作の意味がない、わけのわからない主張をこの作品で繰り広げたのか? この組織の横やりが入って、軌道が定まらなかったのでしょうな。もうちょっと、何とかならなかったのかなぁ。

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